東京高等裁判所 平成9年(く)226号 決定 1997年9月02日
少年 M・H(昭和57.9.11生)
主文
本件抗告を棄却する。
理由
一 本件抗告の趣意は、付添人○○作成名義の抗告申立書及び抗告申立補充書に記載されたとおりであるから、これらを引用する。
二 本件抗告の趣意中、法令違反の主張について
所論は、要するに、次のようなものである。すなわち、原決定は、非行事実2において強姦致傷の事実を認定したが、同事実中の被害者に生じたとされる傷害の有無に関する各証拠はいずれも、記載内容や証拠価値の点で不完全なものであったため、付添人は、平成9年7月28日、原裁判所に対し、被害者の診療に係る診療録、診療報酬明細書等、診療に関して作成された一切の書類を調査するよう求める意見書を提出した。しかるに、原裁判所は、右調査を全くしないまま、同年8月5日、被害者に傷害が生じた事実を認定した上、原決定を言い渡したが、これは、職権証拠調べに関して家庭裁判所に与えられた合理的な裁量の範囲を逸脱した違法な措置であるから、原決定には決定に影響を及ぼす法令の違反があるというのである。
そこで、関係記録を調査して検討すると、原裁判所が、被害者の受傷の有無、程度の認定に関し、検察官から送付された事件記録(以下「事件記録」という。)に編綴された関係資料を調査したほかは、証人尋問、病院に対する照会などを行っていないことは、所論のとおりである。
ところで、原裁判所が調査した関係資料は、次のようなものである。すなわち、事件記録中には、<1>被害者が膣粘膜損傷の傷害を負った旨の○○病院医師○○作成の同年7月1日付け診断書、<2>司法巡査○○が、同医師から、被害者の傷害について、外陰部に若干の赤みが見られた上、膣粘膜が剥がれてその部分から滲むようにして出た少量の出血があり、それは全治1日の加療を要するものであったため、膣内及び外陰部に消毒を行ったとの内容を聴取した旨の同司法巡査作成の同日付け診察結果聴取報告書、<3>被害者が、警察の手配した救急車で病院に行き、診断を受けた結果、膣粘膜損傷の傷害を受けたことが判明した旨の記載のある被害者の母A子作成の同日付け被害届、<4>被害者が、少年らの暴行を受けたことで「陰部内が痛い」と申し立てたので、被害者に右病院で治療を受けさせたところ、○○医師の診断書が作成、提出された旨の記載のある司法警察員○○ほか1名作成の同月2日付け強姦致傷被疑事件捜査報告書などが存在する。そして、右診断書等に記載された事実関係や作成経過等に照らし、被害者が受傷したかどうかの認定は、右診断書等を内容的に十分に検討すればこれが可能であり、その際、右診断書等の信用性ないし正確性などを検討するために、事件記録に編綴されている関連する資料のほかにとくに新しい資料の必要もなく、さらにそれ以上に、被害者の受傷の有無に関する直接的な証拠資料を求めて新たな収集活動を行ったり、調査をしたりする必要などないことは明らかである。また、原裁判所が原判示2の被害者の受傷の事実を認定したのは、右診断書等を根拠資料とするものであることはいうまでもない。
したがって、原裁判所は、被害者の受傷の事実の認定に当たり、十分に調査を尽くしているということができ、前記意見書記載のような診療録等の取調べを行わず、また、右診断書を作成した医師の証人尋問を行ったりしなかったことにつき、なんら違法な点はない。すなわち、この点に関する原裁判所の調査につき、所論にいう、職権証拠調べに関して家庭裁判所に与えられた合理的な裁最の範囲を逸脱した違法があるものではない。
以上要するに、原決定には所論の指摘のような決定に影響を及ぼす法令の違反はないのである。論旨は、理由がない。
三 本件抗告の趣意中、事実誤認の主張について
所論は、要するに、次のようなものである。すなわち、原決定は、非行事実2において、被害者が全治1日間を要する膣粘膜損傷の傷害を負ったとして、少年について強姦致傷の事実を認定判示し、また、「補足説明」の項において、少年が被害者の性器に手指を3本挿入したり出したりする行為を繰り返した旨判示している。しかしながら、被害者が右のような傷害を負った事実はないので、少年らの行為は強姦未遂に止まるものであり、また、被害者の性器に手指を出し入れする行為をしたのは、少年ではなく、Bである。したがって、原決定には重大な事実誤認があるというのである。
そこで、関係記録を調査して検討するに、被害者並びに少年及び共犯者らの各供述調書等の関係各資料によると、被害者が、被害者を強いて姦淫しようと共謀した少年ら3名から、平成9年7月1日夕刻、足を払って床に座らされ、両腕を押さえつけられるなどして、パンティーを引き下げられた上、その3名中のBが被害者の性器に手指を挿入する行為をした事実が明らかである。この事実に、前記2掲記の<1>ないし<4>の各資料の内容を総合すると、少年らが、被害者を強いて姦淫する目的で、被害者に対し、足を払って床に座らせた上、両腕を押さえつけるなどの暴行を加え、その際、Bが被害者の性器に繰り返し手指を挿入し、その結果、被害者が全治1日間を要する膣粘膜損傷の傷害を負った事実は、合理的な疑いを越えて認定できるのである。なお、右のように軽微な傷でも、人の健康状態に不良の変更を加えたものである以上、刑法204条所定の傷害に該当するものであって、同法181条所定の傷害を同法204条所定の傷害と別異に解すべき特段の事由はないというべきである。したがって、原決定が非行事実2において少年について強姦致傷の事実を認定判示したことに誤りはない。
なお、原決定は、「補足説明」の項において、被害者の性器に手指を3本挿入したり出したりしたのは、少年である旨説示している。この点、事件記録中の関係資料によれば、前記のとおり、被害者に対し、右のような行為をしたのは、Bであることが明らかであって、少年が同様の行為を行ったことは、これを認める根拠がない。したがって、原決定の「補足説明」の項における右説示は誤りというほかない。しかし、本件の場合、関係資料に照らし、被害者の性器に手指を繰り返し挿入するという行為をする者がいて、その結果、被害者に傷害を負わせた事実は十分に肯認できるのであるから、そのような行為をした者が共犯者中の誰であったかということにつき判断に誤りがあっても、被害者に傷害が生じたという認定そのものが左右されるものではない。しかも、「補足説明」の項における説示は、いわゆる証拠説明であって、証拠説明中で傷害を生じさせる行為をした者につき誤った説示があるとしても、本件につき強姦致傷罪の成立を認めた原決定の事実認定に誤りがあるということはできない。
以上要するに、強姦致傷の非行事実を認めた原決定には、所論のような重大な事実誤認はなく、論旨は、理由がない。
四 本件抗告の趣意中、処分不当の主張について
所論は、要するに、少年を初等少年院に送致した原決定の処分が著しく不当であるというのである。
そこで、関係記録を調査して検討すると、本件非行は、次のようなものである。すなわち、少年は、在籍する中学校の同学年の男子生徒4名と共謀の上、同級の14歳の女子生徒にわいせつ行為をしようと企て、平成9年4月上旬ころの午後、東京都調布市所在の右男子生徒のうちの1名の自宅敷地内にあるプレハブ小屋の中において、同女の腕を押さえつけ、布団様のものを被せるなどした上、同女が着用していたトレーナーの中に手を入れて同女の乳房を揉み、強いてわいせつな行為をした(原判示1の非行)。また、少年は、同校の同学年の男子生徒2名と共謀の上、同女を強いて姦淫しようと企て、同年7月1日の夕刻、同市所在の○○広場の公衆便所内において、同女に対し、足を払って床に座らせた上、両腕を押さえつけるなどして、パンティを引き下げ、陰部に手指を挿入するなどの暴行を加え、その反抗を抑圧して強いて同女を姦淫しようとしたが、警察官らに逮捕されたため、強姦の目的は遂げなかったが、その際、右暴行により、同女に全治1日間を要する膣粘膜損傷の傷害を負わせたものである(原判示2の非行)。
そして、原決定が「処遇の理由」の項で認定説示している要保護性の基礎事実及びこれに基づく処遇上の判断は、おおむね正当として維持することができる。すなわち、少年は、銀行員である父の勤務の関係で、米国内で出生し、韓国内の日本人学校に就学するなどしたが、小学校3年の時に最終的に帰国し、右中学校に進学したものであるところ、中学校2年に進級後、スーパーマーケットで万引をして警備員に注意され、平成8年9月ころから喫煙するようになり、同年10月ころから頭髪をスプレーで脱色するなどしたほかは、大きな問題行動を起こすことなく経過してきた。ところが、平成9年2月ころから、男子同級生らが学校内で女子生徒に対してスカートをめくったり、胸に触れたりする悪ふざけをしているのに加わるようになり、同年3月ころには仲間とともに仲間の自宅に呼び出した女子生徒の胸を上から触れたことがあり、また、その後の春休みには、仲間の家に集まり、ビデオや写真集等を見て、女体への興味を募らせていった。そして、少年は、3年生への進級直後の同年4月上旬、仲間の家で数名の男子生徒と過ごすうち、そのうちの4名と、おとなしく、強い抵抗が予想されない女子生徒を呼んでわいせつ行為をしようと共謀し、少年が電話をかけた女子生徒に断られたため、他の仲間が電話で被害者を呼び出し、やってきた被害者に対し、5人掛かりで体を押さえつけるなどした上、こもごも、被害者の乳房を直接揉むなどの原判示1のわいせつ行為を加えたものである。少年は、被害者が嫌がって泣き出したことなどから、帰宅した被害者に対して電話で謝罪し、その後は、被害者と関わりを持たないでいたが、仲間の1人が被害者を強姦したことを聞いたことなどから、同年7月1日に至り、原判示2の非行に及んだものである。同非行に際し、少年は、右仲間と被害者との性交渉を見たいなどと考えて、仲間2人に対し、被害者を呼び出して強姦することを持ち掛けた上、被害者が電話による呼出しに応じないと間いて、仲間に対し、以前の被害者と仲間1名との性交渉を撮影した写真をばらまくと言って被害者を呼出しに応じさせるよう入れ知恵するなどしたものである。そして、少年らは、渋々呼出しに応じた被害者が逃げられないように取り囲むなどしながら、強姦する場所を探して、被害者をスーパーマッケットの便所内やマンションの屋上などに連れ回した後、人気のない前記○○広場の公衆便所内に押し込めた上、こもごも、被害者の足を払って座らせ、口を塞ぎ、手足を押さえつけるなどの暴行を加えて反抗を抑圧し、仲間の1人が被害者のパンティを引き下げて性器に手指を挿入するなどしたため、被害者に前記傷害を負わせたものである。
右のように、本件各非行は、少年が、仲間とともに、欲望の赴くまま、多数の力を利用して行った極めて卑劣かつ悪質な非行である上、同一の被害者に対する非行を重ねた点で、少年らの共感性の欠如が顕著に現れているものということができ、被害者の受けた心身の苦痛は甚だ深刻なものであったことも容易に窺える。そして、少年は、原判示1の非行において仲間とともに被害者の乳房を揉むなどし、また、原判示2の非行においても、自ら姦淫行為に及ぶ意図がなかったとはいえ、性的関心を満たすため、仲間が被害者を姦淫するのを見たいなどと考えて、仲間に非行を持ちかけるとともに、被害者を呼び出すための偽計を仲間に授けるなどした上、被害者の性器に手指を挿入する行為自体は行っていないものの、被害者の手や足を押さえつけるなど、その反抗を抑圧する暴行に及んでいるものであり、本件各非行に積極的に加担したものである。右のような本件各非行やそれに対する少年の加担の態様からは、昂揚しつつある性的欲求への適切な対処方法をわきまえず、かつ、弱者の立場や心情を思いやることのできない少年の問題性を看取することができる。
また、少年の性格や行動傾向等についてみると、少年は、自己中心的で、感情の続制力や共感性の乏しさが顕著であり、目先の楽しみや自己の欲求充足にとらわれがちである。また、強い者の前では多少の不満を我慢して対立を避けようとするが、弱い者に対しては、わがままな要求を押し付けたり、高圧的な態度に出ることで自分の強さを確認しようとする傾向がある。そして、少年は、今回、初めて観護措置等の身柄拘束を受け、本件各非行を省みる機会を得たが、「少年院には行きたくない」というような自分に対する処分を危惧する気持ちにとらわれ、被害者に与えた心身の苦痛等に対する内省が深まるには至っていない。
さらに、少年の保護環境をみると、少年の家庭は経済的に恵まれてはいるものの、右のような少年の資質上の問題点は、少年を抑えつけたり、疎外したりするばかりで、情緒的な交流の乏しかった父母の養育態度が大きく影響しているものと考えられるので、少年の右問題点の改善のためには、父母の監護に期待することは困難である。
なお、所論は、被害者及びその両親が既に少年を宥恕しているにもかかわらず、原決定が、安易に同人らの被害感情が薄れていると判断することはできないと説示したことは、要保護性に関する事実を誤認したものであるというのである。この点、関係記録によると、被害者及びその母が、原裁判所に対し、少年に対する寛大な処分を求める旨の上申書を作成、提出したことが認められる上、原決定後の平成9年8月14日付けで、重ねて、被害者及びその両親が、少年に対する在宅処遇を希望する旨の上申書を作成、提出している。しかしながら、被害者等が少年を宥恕しているとしても、以上でみたような少年の要保護性の有無や程度の判断に大きく影響するものとはいえないので、右所論は、採用することができない。
そうすると、少年の父母が、本件各非行を深刻に受け止め、被害者やその両親に謝罪していること、被害者及びその両親との間で100万円を支払うことで示談が成立していること、被害者やその母親も少年に対する寛大な処分を求める旨の意向を示していること、少年には非行前歴がないこと、少年の父母が、少年との関わり方を改めて、少年を監督、監護する旨述べていること、少年が高校受験を控えた中学3年生であること、なお、右にみたとおり、原決定後に、被害者及びその両親が、少年に対する在宅処遇を希望する旨の上申書を作成、提出していることその他、所論指摘のような少年の更生について有利に斟酌できる事情を十分に考慮しても、少年の性的道徳観念を養わせ、他者に対する共感性の乏しさや周囲に対する著しい無関心という資質上の問題点を改善するなどのために、一旦矯正施設において教育を施した上で、社会内処遇に移行するのが相当であるとの判断に基づき、少年を初等少年院(特修短期処遇)に送致することとした原決定の処分は、やむを得ないものであって、これが著しく不当であるとはいえない。論旨は、理由がない。
五 よって、少年法33条1項後段、少年審判規則50条により、本件抗告を棄却することとし、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 松本時夫 裁判官 服部悟 高橋徹)